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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)757号 判決 1958年10月13日

原告 三上金治郎

被告 江口証券株式会社

主文

被告は原告に対して安田火災海上保険株式会社株券七、四〇〇株及び日本レース株式会社株券一、四〇〇株を引渡せ。

若し右株券の引渡について強制執行ができないときは、被告は原告に対して安田火災海上保険株式会社株券については一株につき金六六円、日本レース株式会社株券については一株につき金一一五円の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、その勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の請求の趣旨

一、原告訴訟代理人は、被告は原告に対し安田火災海上保険株式会社株券(以下安田火災株券と略称する)七、四〇〇株及び日本レース株式会社株券(以下日本レース株券と略称する)一、四〇〇株を引渡せ。若し右株券の引渡について強制執行ができないときは被告は原告に対して安田火災海上保険株式会社株券については一株につき金九七円、日本レース株式会社株券については一株につき金一五七円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めた。

第二、原告主張の請求原因

一、被告は大阪株式取引所々属の株式仲買人であつて昭和二十八年十月頃当時京都市中京区烏丸道蛸薬子下ルにおいて被告と同業を営んでいた丸二証券株式会社(以下丸二証券という)を吸収合併した。

二、訴外小南賢直こと小南正義はもと丸二証券の取締役営業部長で右合併後は被告会社京都支店営業部長となり、同店の営業全般に対する直接の担当責任者であつた。証券業者が顧客に対する奉仕としてなす保護預り、名義貸と之に伴う名義書換、新株の払込、新株受領の代行等は証券業者である被告会社の営業範囲に属し、同訴外人は右範囲内において被告会社の代理権を有していたものである。

三、原告は従前丸二証券に対し、原告所有の株券を同社名義とし株券は原告において所持し、配当領収手続は同社においてなすこととしていたところ、被告会社が丸二証券を吸収合併したため、原告所持の丸二証券名義の株券を被告会社名義に書換へて、従前通り被告会社において配当領収手続をなさしめんがため訟外小南に対して、昭和二十八年十一月二十五日安田火災海上保険株式会社(以下安田火災という)株式二、六〇〇株を交付して寄託し、昭和二十九年一月十一日日本レース株式会社(以下日本レースという)株式二、五〇〇株を同様交付寄託すると共に、右寄託中の安田火災株式二、六〇〇株に対する有償割当新株六、五〇〇株の払込手続及び無償交付新株一、三〇〇株の受領方を委任し、又後日寄託中の日本レース株式七〇〇株に対する無償交付新株七〇〇株の受領方を委任した。

右株券の寄託に当つては当事者間において株券の個性に依存することなく株式名義人が被告会社であれば該特定株券に代えて同銘柄、同数量の他の株券をもつて返還の目的としたものである。しかるに被告は昭和二十九年五、六月頃安田火災有償割当株式六、五〇〇株中三、〇〇〇株を、又昭和三十年一月二十三日頃日本レース株式一、八〇〇株相当の現金を返還したのみである。

よつて原告は寄託した安田火災株式二、六〇〇株、日本レース株式七〇〇株の外に、右委任に基く安田火災株式四、八〇〇株、日本レース株式七〇〇株、合計安田火災株式七、四〇〇株及び日本レース株式一、四〇〇株の引渡を求めると共に右株式の引渡の執行不能の場合においては訴訟提起の日における右株式の大阪株式取引所仲値に基き請求趣旨記載の如き金員の支払を求める。

四、仮りに訴外小南正義に被告会社のため前記の如き名義書換のための株券の寄託並びに寄託株に対する有償割当新株の払込手続の委託及び無償交付新株の受領の委託を受ける権限は付与せられていなかつたとするも、被告会社は同訴外人を営業部長に任命し、外部との関係において営業一切を担当せしめ名刺等を使用せしめた行為は被告において同訴外人に代理権を与えた旨を第三者に表示したものであつて、同訴外人と第三者たる原告との間になされた行為につき被告は当然其の責任を免れない。

五、更に一歩を譲つて右の如き代理権を付与した旨の表示がなかつたとしても、右小南正義は当時被告会社京都支店営業部長の地位にあり、右支店における営業全般に関して代理権を付与されていたのであるから、同訴外人の前記行為はその代理権限を踰越してなされたものであり、しかも原告は同訴外人に其権限ありと信ずべき正当な理由がある。即ち訴外小南が被告会社の京都支店部長であり、名刺には右肩書を表示し且「自分は営業部長であり営業に関する行為一切は自分に任されており、会社を代理する権限がある」という趣旨の言葉を発していたため原告は営業部長は当然会社を代理するものと確信した。

又本件発生前迄は原被告間の株式の売買、株式の預託等の取引について本件と同様の場合であつても何の事故もなく履行され、原被告間の取引に当つてはすべて被告発行の書類が使用され、盆暮に贈答品が被告会社から送られて来ているため、原告は当然原告が訴外小南を通じてなした取引は被告も被告自身の取引と看做していると信じた。原告は老齢で且つその職業上法律的なこと又は証券に関することの正確な智識を有していなかつたので、以上述べたような事情の下では訴外小南が原告と前記の取引を為すについて被告を代理する権限があると信ずる正当の事由がある。それ故に、被告は原告に対して本件証券の引渡の義務がある。

六、仮に原告の前記請求がいずれも認められないとしても、被告会社京都支店営業部長として、被告の被用者である訴外小南がその職務である名義書換、払込その他の取引に関して原告を欺罔し、仮に欺罔がないとしても寄託を受けた物件をほしいままに費消した故意、又は過失に基き請求の趣旨記載の株式について原告の権利を侵害して原告に損害を加えたものであるから、被告会社は使用者として請求の趣旨記載の損害を賠償すべき義務がある。

第三、被告の答弁及び抗弁

原告主張の請求原因中

(一)  一、の会社合併の日時は昭和二十八年八月五日であり、其の余の事実は認める。

(二)  二、の事実中、訴外小南正直が昭和二八年一一月頃被告京都支店の営業部長であつたことは認めるがその余は全部否認する。

訴外小南正義は営業部長であつて外務員を統制する権限を有するに過ぎず、顧客との交渉も単なる外務員としての資格しかなく、名義書換のための株券の寄託等に関して、被告会社を代理する職務権限を有していない。

(三)  三、の事実のうち原告と丸二証券間の関係は不知、その余の事実は全部否認する。証券会社において株券の名義貸は禁ぜられているから原告が丸二証券名義を借りている筈はない。仮にかかる事実があつたとしても合併後の被告会社が原告に対し丸二証券名義を被告会社名義に書換える義務はない。従つて被告は原告主張の名義書換のための株式の寄託及び右寄託株に対する有償割当新株の払込手続、無償交付株の受領の委任等を受諾する筈はない。

被告は顧客から証券を預る際には厳格な方式に従つて記帳し必ず正式の預り証を発行するのに、原告の株式については被告がこれを預つた旨の被告の帳簿の記載もないし、原告はその預証も持つていない唯被告は原告から昭和二十八年十一月二十五日安田火災株式一〇〇株を名義書換の為に預つたが、昭和二十九年十一月八日に原告にこれを返還した原告は何人が見ても被告の発行した右百株の預り証を何人かゞ勝手に改竄したものであることが明らかなものを預り証と称して所持しているが、このようなものは預り証としての価値がなく、原告が株式を被告に預けた証拠にはならない。原告が安田火災株式三、〇〇〇株の返還を受けたことについて被告は全然関係しない。被告が訴外小南から日本レース株式一、八〇〇株相当の金員を受預したことについては、被告が原告に対する返還債務を認めて金員を弁済したものではない。被告が訴外中村某に支払うべき小切手額面金五九六、七三八円を訴外小南が何等の権限もなく原告に交付したものである。原告は寄託株式の返還を長期に渉つて受けないにもかかわらず正式に被告会社に対して照会せず、且預託株式について正規の預り証の交付を受けることもなく株式預託についての一般常識となつている慣行を無視している。これは原告がはじから被告会社に本件株式を預託する意思がなく訴外小南個人に一切を委せた証拠である。同訴外人も被告会社の代理人として被告会社のためにする意思はなく、小南個人として株券を預つていたものである。たとい原告主張の如く株券を被告に交付、寄託したことが認められたとしても、その返還請求は各株式の銘柄、株券の種類、番号、株枚等を特定しなければならないのであるから、特定を欠く原告の請求に応ずる義務がない。

(四)  四、の事実は否認する。訴外小南正義を営業部長に任ずる行為は会社内部の問題であつて第三者に対する意思表示ではなく、又代理権授与の表示でもない。同訴外人が営業部長の肩書ある名刺を使用したか否かは被告の関知せざるところであり、これをもつて代理権授与の表示とみるべきではない。

(五)  五、の事実は全部否認する。信ずべき正当の理由として原告の主張する諸事実はいづれも真実でない。即ち原被告間においてははじめから一度も取引はない。取引に使用したと称する書類の名宛人はいずれも原告となつていない。原告は訴外小南の営業部長の地位乃至その旨の肩書ある名刺を信じたのでなく小南個人を信頼していたものである。仮りに原告が営業部長は当然会社を代理するものとの確信していたとするもそれは原告の独断にすぎない。又原告の取引に当つては三上保吉(原告の長男)、和歌山大学教授三上隆三(原告の孫)が立会つていたのであるから、原告が老齢であり、法律、証券に関する智識をもつていなかつたという主張はすべて失当である。

かえつて原告が同訴外人に代理権ありと信ずるについては悪意若しくは重大な過失があつた。即ち、被告会社が顧客に送付する京都証券新聞に注意書を発表しているにかかわらず、原告は同訴外人を信頼して正式預り証を受領せず、且被告に対して何の照会もしていない。原告は右訴外人から受領した預り証に不審な個所を散見し疑惑を抱きながら一度も被告会社え照会していない。安田火災有償割当新株の払込金についても被告会社から何らの領収書を得ていない。原告は丸二証券当時から利益配当の半額を謝礼として同訴外人に渡しておりながら被告会社からの領収書をとつていない。

同訴外人は原告から預つた株を盆正月に原告に見せて、日歩を渡して決済し、又原告は一度も被告会社に来ることなく自宅で同訴外人とのみ取引し、且株券を預けるにあたつて「店はどうあろうとあなた自身を信用して預ける。」旨のことをいつており、以上の諸事実より、原告が小南個人を信頼して株券を預けていたものであり、被告会社の代理権のないことについてよく知つていたものである。

(六)  六、の事実は全部否認する。訴外小南の不法行為は被告会社の事業の執行について生じたものでなく、同訴外人が原告からも個人的な依頼を受けて株式の取引、運用をしていたもので原告の命じた仕事の執行過程において生じたものである。同訴外人の職務は外務員の統轄並に外務員として証券取引法第五六条一項に規定された範囲内であり、本件行為は同訴外人の担当職務外の行為であつて事業の執行とはいえず、同訴外人ははじめから自己及び原告の利益を図る目的の下になした行為であり且原告においてもこのような同訴外人の意思を知悉していたが、少くとも知ることができたのであり、同訴外人は被告会社のためその事業を執行する意思を有しなかつた。又事業に関係なく、故意に基く行為は民法第七一五条にいう業務執行に当らないのであるから、いずれによるも被告会社は使用者として損害賠償責任を負うことはない。

抗弁として、

(七)  原告の予備的請求である使用者の責任が仮に認められるとしても原告にも又損害の発生並に拡大について、すでに前記(四)において述べたごとく重大な過失があつたのであるから損害賠償額の算定に当つて斟酌されたい。

第四、被告の抗弁に対する原告の答弁

仮に過失相殺が認められるとしても、訴外小南の行為は長期に渉る得意先に対し、その老齢且無智に乗じてなした功妙なる不法行為であり、且被告は斯る同訴外人を営業部長という要職を与え、その事務処理において甚だしく杜撰なる処置あるにかかわらずこれを放置している事実を斟酌されたい。

第五、証拠

一、原告訴訟代理人は、甲第一乃至第四号証、同第五号証の一乃至三、同第六号証の一乃至三、同第七乃至第九号証、同第一〇号証の一、二、同第一一、一二号証を提出し、証人三上隆三(第一、二回)同斎藤利三郎、同三上保吉の各証言を援用し乙第一号証の一、二は成立を認めるが、その余の乙号各証は不知と述べた。

二、被告訴訟代理人は、乙第一号証の一、二、同第二、三号証、同第四号証の一、二、同第五号証の一、二、同第六号証の一乃至三、同第七号証、同第八号証の一乃至四を提出し、証人池内正太郎(第一、二回)、同小南正義、同中村松治郎、同村田善一、同山本昌子の各証言を援用し、甲第五号証の一乃至三、同第一二号証はいずれもその成立を認め、甲第二、三号証は否認し、その余の甲号各証は不知と述べた。

理由

一、被告は大阪株式取引所々属の株式仲買人であつて、京都市中京区烏丸通蛸薬子下ルにおいて被告と同業を営んでいた丸二証券を吸収合併したことは当事者間に争がない。そして証人小南正義の証言によると右合併の日は同年八月八日であること、訴外小南の本名は「正義」であり、「賢直」というのは姓名学上この名の方がよいので名刺にも「賢直」としてこの名を使つていたことが認められる。

二、原告が訴外小南正義に対し、名義書換のため安田火災株式二、六〇〇株日本レース株式二、五〇〇株を交付して寄託し、右寄託株に対する有償割当新株の払込手続の委託及び無償交付新株の受領(但し、日本レース株式については七〇〇株について)の委任をしたかどうかについて判断する。証人小南正義の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証及び同人が真正に成立した預り証に虚偽の記入をしたと認められる甲第二号証、文書の形式並に証人三上保吉の証言により真正に成立したと認められる甲第三号証、証人三上隆三の証言により真正に成立したと認められる甲第一〇号証の一、二、同第一一号証、並びに証人小南正義、同三上保吉の各証言を綜合すれば、原告は従前丸二証券に対し、原告所有の株券を同社名義として株券は原告において所持し、同社取締役営業部長小南正義を通じて右株式の配当領収手続を同社でなさしめるようにしていたところ、被告会社が丸二証券を吸収合併したため、被告会社に原告所持の丸二証券名義の株券を被告会社名義に書換えさせようとして、当時被告会社京都支店営業部長となつていた右訴外人に、昭和二十八年十一月二十五日安田火災株式二、六〇〇株を交付して寄託し、又昭和二十九年一月十一日、日本レース株式二、五〇〇株を同様交付して寄託すると共に前記寄託中昭和二八年一二月一〇日安田火災株式一株について二、五株の新株式の有償割当、〇、五株の新株の無償割当があつたので、その頃原告は訴外小南に対して安田火災株式二、六〇〇株に対する有償割当新株六、五〇〇株の払込金を交付して右新株払込手続を委任し、且無償交付新株一、三〇〇株の受領をも委任したことが認められる。

寄託中昭和二九年一二月三一日、日本レース株式一株について新株式一株の無償割当があつたことを認め得るが原告が訴外小南に右無償交付株の受領を委任したと認めるべき証拠はない。証人池内正太郎(第一、二回)、同村田善一、同山本昌子の各証言は、被告会社の正式帳簿に昭和二十八年十一月二十五日の安田火災株式一〇〇株の記載があるだけで、その余の記載がないというのにすぎないのであつて、訴外小南が原告から前記の寄託及び委任を受けなかつたことを意味するものでなく他に右認定を左右するにたりる証拠はない。

三、訴外小南正義が被告会社を代理して被告会社のために右認定の行為をする権限があつたかどうかについて判断するに証人村田善一の証言によれば訴外小南は被告会社京都支店営業部長であると共に証券取引法第五六条第一項による届出をなした外務員であるが、営業部長としては被告会社の外務員を統制することの以外には、何等別段の職務権限を有していないことが認められる。そして甲第二、三号証、成立に争のない甲第五号証の一乃至三、文書の形式により真正に成立したと認められる甲第六号証の一乃至三、証人山本昌子の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証、同第五号証の一、二、同第六号証の一乃至三並びに証人池内正太郎(第一、二回)、同小南正義、同山本昌子、同村田善一、同三上保吉の各証言を綜合すれば、丸二証券及び被告会社が顧客えの奉仕として会社の名義貸をしており、会社の合併により顧客の所有する丸二証券名義の株券を被告会社名義に書換えた事実、被告会社において外務員が顧客の家え行つて買い注文や売り注文を受けたり、又名義書換を依頼されて株券を預かつてくる事実被告会社が名義書換のときに株を預る場合はまず最初に顧客の係の外務員が顧客から株券を預かつて来て預り証券入券票を作成して株券と共に出納受渡係に渡し、ここで正式の預り証を作成し出納受渡係は株券、枚数等に間違なければ名前等に余り重点をおかず外務員を信用して事務を処理し、預り人が仮定名義であることも許されているため、真の預り人は外務員のみしか知らない場合も多く、顧客に対して係の外務員を定め、増資のあつた場合も、係の外務員を通じて顧客に伝えてもらつている等、顧客との取引に関しては係の外務員が相当其の衝に当つている事実、及び原告と訴外小南間における他の取引行為について見るも、日本曹達株式の名義書換のための寄託(甲第三号証)、日活株等の株式の売買(甲第五号証の一乃至三、同第六号証の一乃至三)が被告会社を代理して有効になされ、殊に原告が昭和二十八年十一月二十五日同訴外人に名義書換のために寄託した安田火災株式二、六〇〇株の中の一〇〇株が被告会社に正式に寄託されて預り証も発行されていた事実を認定することができる。証人池内正太郎(第一、二回)、同小南正義、同村田善一、同山本昌子の各証言中右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実によれば被告会社の外務員である訴外小南正義は、証券取引法第五六条第一項の権限の外に、被告会社外務員が事実上委任されていた権限として、被告会社の営業所の内外において被告会社のために、顧客から株式の売買取引の委託の注文をうけ、顧客との間の受渡のため株券又は代金等の 授受をなし、さらには被告会社が顧客に対する奉仕としてなす名義貸の場合に名義書換のために株券の寄託を受け、寄託株に対する有償割当新株の払込金を受領して払込手続の委任を受け、又無償交付株の受領の委任を受ける等の権限を有したと解するのが相当である。よつて訴外小南は前認定の本件の株券の寄託並びに受付について被告会社の代理権を有していたものである。

四、そこで、原告及び訴外小南が前認定の本件株式の寄託及びこれに対する割当新株の受取り方を委任をした際に、これを原告から被告会社に対するものとして契約したか又は原告から訴外小南個人に対するものとして契約したかについて判断するに、前顕の甲第一乃至第三号証、同第五号証の一乃至三、同第六号証の一乃至三、証人三上保吉の証言により真正に成立したと認められる甲第四号証、同第七乃至九号証並びに証人三上保吉、同三上隆三、同斎藤利三郎の各証言を綜合すると、同訴外人は従来から原告との取引において、丸二証券、合併後は被告会社の営業部長の名刺を用い、且口頭でも営業部長であるから責任を負う旨言明して、丸二証券及び被告会社の代理人としてこれら本人のために原告と取引するものであることを表示して原告から株式取引の委託等を受け、これら取引は前記のように原被告間に有効に成立した取引も見られるところ、本件取引においては訴外小南は被告会社を代理して被告会社のために原告と取引する意思ではないにかゝわらず、被告会社を代理して被告会社のために原告と取引する旨原告を欺いて前認定の株式の寄託及びそれに伴う事務委任を受けたのであつて、その後安田火災株式二、六〇〇株中一〇〇株を被告会社に正式に預託して被告会社から預り証を受け取りそれに虚偽の記入をしたものを原告に交付する等右不正行為の早急に発覚するのを防止する措置を取つたものであることを認めることができる。証人小南正義の証言中には原告は訴外小南個人を信頼して同訴外人個人に前記株券の寄託及び事務の委任を為したものである趣旨の供述があるが、原告が被告会社との取引を避けて特に同訴外人個人との取引をするに至る理由とするに足る原告と右訴外人間の特別の個人的信頼関係の存在は認め難く、右供述部分は措信できない。

五、以上認定のように、本件の場合では、被告会社の代理人である訴外小南が、被告会社を代理して被告会社のために取引する旨を表明して、同訴外人の代理権の範囲内において、原告から前記株券の寄託及びこれに割当られた新株式の受取り方の委任を受けたのであるから、右法律行為の効果は本人である被告会社と相手方である原告の間に生じ、被告会社は原告に対して右寄託及び委任契約上の義務を負うに至つたと云わねばならないもつとも、右の場合、代理人である訴外小南の真意は自分個人の利益のために右行為をするのであつて、本人である被告会社のためにこれをするのではなかつたことは、先に認定した事実から明瞭であるけれども、このように相手方に表明されなかつたかくれた意思の故に、前記のように法律上の効果が本人である被告会社について発生することの妨げとなるものではない。また被告会社の主張するように、株式仲買人がその店舗以外の場所で顧客と株式の取引をすることは法の禁ずるところであり更に、株式仲買人が他人のために所謂株式の名義貸をすることも、法の禁ずるところであるかも知れないが、これらの禁止は株式仲買人のこれらの行為を禁圧するに止り、仲買人がこれらの禁止に違反して禁止された行為をした場合に、右行為の法律上の効果の発生を阻止し、或いはそれを無効にする趣旨ではないことは、制度の趣旨自体から明瞭であつて、被告会社が前記の寄託及び委任契約上の義務を免れる理由となるものではない原告が被告会社発行の正規の預り証を所持しないことも、訴外小南が被告会社を代理して原告から株式の寄託を受けたにかゝわらず、これを被告会社に引渡さなかつたことを示すに止り、右訴外人が右寄託を受けるに付いて被告会社を代理して行動しなかつたと解すべきものではない。結局、被告会社は右寄託及び委任契約に基いて、原告に対して寄託せられた株式を原告の請求次第返還し、受取方の委任を受けた右寄託株式に対する有償無償の割当新株を株式発行会社から受取り保管し、原告の請求次第これを原告に返還する義務を負つている。

六、そこで被告会社が原告に返還する義務のある株式の銘柄数量について判断するに、安田火災の株式については前認定のように被告会社は原告から旧株券二、六〇〇株の寄託を受け、且つ右旧株式一株について有償新株式二、五株無償株式〇、五株の割合で割当てられた新株式合計七、八〇〇株の受取方の委任を受けて右有償新株式についての払込金も原告から受領済みであるので総計一〇、四〇〇株の返還義務があるところ、そのうち三、〇〇〇株は原告において既に返還を受けたことは原告の自認するところであるから、差引七、四〇〇株の返還義務が残存することとなる。日本レース株式については前認定のように被告会社は原告から二、五〇〇株の寄託を受けたのであるが、その後被告会社から原告に一、八〇〇株の返還があつたことは原告の自認するところであるので、被告会社は原告に対してなお差引七〇〇株の返還義務があるところ、右七〇〇株に対しては前認定のように旧株一株に付いて新株式一株の無償割当があつたが、原告は被告会社に対して右新株式の受取り方を委任したことはない。しかしながら、右旧株式七〇〇株は前認定のように被告会社が吸収合併した丸二証券名義になつていた原告の株式を、被告会社が名義貸しを承諾して被告会社名義に書換えるために原告から寄託を受けたものでその返還が未だ終らない株式であるので、右返還に至らないうちに、右株式に対して新株式の無償割当があつた場合には、被告会社は原告から右新株式の受取方の委任を受けていなくても、新株発行会社から割当てられた新株を受取つて原告の為めに保管し、原告から請求のあり次第又は右請求のないときは旧株式を返還する際に原告に返還する義務がある。何となれば、株式の保護預り及び名義貸しは株式仲買人が顧客に対する無償のサービスとして為すものではあるけれども、業として株引取引の仲介をする仲買人が、その営業の運営のためにする附属的商行為であるから、仲買人が一且これを受諾した以上、顧客のために善良な管理者の注意をもつて寄託及び委任契約上の義務を履行すべきものであるところ既に仲買人自身の名義となつている株式又は仲買人が自己の名義に書換える義務を負つている株式であつて、しかも顧客から寄託を受けて顧客のために保管中の株式について、新株式の無償割当があつた場合には、特に保護預り契約が附随していない場合でも、顧客のために新株式発行会社から新株式を受取つてこれを保管することは前記注意義務の範囲内に属すると解するが相当であるからである。(但し有償割当新株は右と同一ではない)そうすれば、被告会社は右日本レース七〇〇株についても原告の為めにこれを日本レース株式会社から受取つて保管し原告に引渡す義務があるので、原告に対して旧株式と合計して右株式合計一、四〇〇株の返還義務がある。

被告は安田火災株式一〇〇株を原告に返還したと主張するけれども、前顕甲第二号証、証人山本昌子の証言により成立を認める乙第五、第六号証の各一、二、証人小南正義の証言により同人が偽造したものと認める乙第二号証及び証人小南正義、同三上隆三同三上保吉の各証言によれば、訴外小南は被告会社の代理人として原告から寄託を受けて被告会社に代つて保管中の同株式二、六〇〇株を着服横領し、その罪跡を隠蔽するために、そのうち一〇〇株について被告会社に預入手続を取り、その後訴外小南において被告会社からその下戻を受けたが、原告に返還するに至らなかつたものであることを認めることができるから、被告会社は原告に対してその返還義務を免れることはできない。

七、次に原告は被告会社に対する右株式返還請求権を種類債権と解して、引渡を受けるべき株式を特定することなく、単にその銘柄数量のみを表示してその引渡を求めているので、原告のこのような請求が正当であるかどうかについて判断する。株式仲買人の間ではその顧客から保護預り又は名義貸しのために株式の寄託を受けた際には、これを特定物の寄託として保管返還し且つ右寄託株式について新株式の割当発行があつて顧客のために、株式発行会社から右新株式を受取り保管し顧客に返還する場合にも、これを特定物として取扱う慣行のあることは証人山本昌子の証言に徴して明らかであつて、且つ条理上から云つても誠実な業者としてこのような取扱を為すべきものと認められる。しかしながら、右仲買人が、その顧客に対して保管中の株式を返還する場合に、保管中の特定の株式を返還しないで、これと同一種類同一数量の他の株式を返還しても、仲買人はこれによつてその寄託又は委任契約上の義務を完全に履行したことになるのであつて、その為めに義務の不履行乃至不完全履行の責任を負うことがない点を考慮すれば、前記のように特定株式として保管返還する慣行は、仲買人が事故の発生を防止して誠実に業者としての義務の履行する手段として採用している内部的な取扱手続に過ぎないのであつて、顧客と仲買人間の寄託契約又は委任契約の本質としては、仲買人は顧客に対して種類債務を負うているに止り特定物の引渡債務を負うているのではないと解するのが相当である。換言すれば、顧客の仲買人に対する右株券の引渡請求権は所有権に基く返還請求権でも、特定物引渡の債権でもなく、契約上の義務の履行を求める種類債権であるから、その銘柄数量のみを表示して発行番号を特定しないで請求するが寧ろ本筋である。右のように原告の被告会社に対する請求の原因が契約上の債務の履行を求めるのである以上、被告が右寄託株式に対して割当てられた新株式を株券発行会社から受取らなかつた場合においても、原告は右寄託等の契約の履行として割当られた数量の新株式の引渡を求めることができるのであつて、必ずしも右株式の受取りを怠つたことが契約上の義務に反するとして被告会社に対してこれによつて蒙つた原告の損害の賠償の請求をすることのみが許されるものと解する必要はない。証人山本昌子の証言によれば被告会社が本件の寄託株式について割当られた新株式を各株式発行会社から受取つていないことは明瞭であるけれども、原告が被告会社に対して株式の銘柄数量のみを指定し、その発行番号等を特定しないで種類債権として株券の引渡を求めた点に少しの違法もない。

八、そして、成立に争のない甲第一二号証によれば、安田火災及び日本レースの株式の本訴口頭弁論終結の日における時価が安田火災は一株金六六円、日本レースは一株金一一五円であること明瞭であるから、前記安田火災七、四〇〇株日本レース一、四〇〇株を被告会社が引渡することができないとき、同会社に対して右割合による金員の支払を求める原告の請求もまた正当であるよつて原告請求を認容し、民事訴訟法第八九条第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 長瀬清澄)

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